LEGEND HAWKS

あの人が選ぶ「レジェンドホークス」

柴原 洋

—柴原氏が選ぶ「1999年」「2011年」夢の日本一コラボ—
1989年、ホークスは「大阪」から「福岡」へ拠点を移し、九州のホークスとして新たなスタートを切りました。南海ホークス晩年から移転当初にかけては、長い間Bクラスに低迷する時代を過ごしていましたが、1999年を境にホークスは生まれ変わりました。この年、福岡ダイエーホークスは移転後初優勝。ホークスとして26年ぶり、九州の球団として36年ぶりにリーグを制しました。そして日本一へ――。その後、ホークスは常勝軍団としての地位を確立。2000年にパ・リーグ連覇。2003年に日本一。2011年には福岡ソフトバンクホークスとなって初めての日本一に輝きました。
その栄光の時代を肌で感じ、15年間プレーしてきたのが柴原洋氏。福岡・北九州市出身で「中学生の頃、地元にやってきたホークスでプレーしたいと思った」という夢を叶え、中心選手となり日本一を3度も経験。「それが、僕にとっての誇りです」。
そんな柴原氏に1999年と2011年をミックスした、夢の「日本一・レジェンドホークス」を考案していただきました。
まずはピッチャーから、ということで手をかけようとする柴原氏ですが、いきなり頭を抱えます。「迷いますね~。工藤さん、杉内、和田…。やっぱり若田部さんに…。いや、『俺じゃないやろ』って怒られそうやな(笑)」と言いながらも選んだのは同郷の後輩である杉内投手。
柴原 洋 リリーフも大いに悩みましたが、「中継ぎは篠原かな。抑えは、ペドラザ。ファルケンボーグも凄いけど自分の印象の中ではペドラザなんですよね。マーくん(馬原投手)は(大学の)後輩だけど…、ゴメン!」。
キャッチャーは城島選手。「年下だけど先輩にしっかりものが言えた。また、僕が入団した当時は吉永さんが正捕手でしたが、若いながらにポジションを奪った。その責任感も感じながらプレーしていたと思う」。
一塁にはその吉永選手。「入団して、とにかくバッティングの凄さに驚きました。特にバットコントロールですね。当時はオリックスにイチローさん(現ヤンキース)がいましたが、引けを取らないくらい上手かったです。僕もたくさん勉強させてもらいました」。
結局、内野陣は「99年優勝メンバー」で固まりました。「浜名さんは選手会長でしたからね。大変な役割だったと思います。サードは小久保さんで決まりだし、ショートは井口かな。ポン(本多選手)やムネ(川崎選手)もいいけど、どこか99年のメンバーの方がよかったように感じてしまう」。
本職の外野は「長谷川、悪い!(笑)」と言って、自らをセンターに配置。レフトを内川選手、ライトを秋山選手で固める黄金オーダーが完成しました。「みんな背番号1ですね。秋山さんから受け継いで、僕がいて、そしてウッチー(内川選手)。やっぱり九州の出身で、結果を残している選手に継いでもらいたかったから嬉しいですね」。
指名打者には松中選手。そして、「『特別枠』で代打はニエベスでしょ。スイッチヒッターで、両打席で外野スタンドのスポーツバーのところ(現在、王貞治ベースボールミュージアムがある部分)のガラスに直撃する当たりを飛ばしていましたからね。凄い飛距離でした」。
常勝期を築き上げていったメンバーを中心に構成された「レジェンドホークス」。柴原氏は「ホークスはこれからも強いチームであってほしいし、今の選手も、これから未来に入ってくる選手たちもホークスというプライドを常に持って戦ってほしい」と思いを語りました。

田尻 耕太郎(ホークスオフィシャルメディア)

柴原 洋が選ぶレジェンドホークス
杉内 俊哉 内川 聖一
城島 健司 柴原 洋
吉永 幸一郎 秋山 幸二
浜名 千広 松中 信彦
小久保 裕紀 篠原 貴行
井口 資仁 ペドラザ
柴原 洋

柴原 洋
Shibahara Hiroshi

【職歴・経歴】
○1974年 福岡県北九州市生まれ。北九州高校から九州共立大へ。
○1996年 福岡ダイエーホークスからドラフト3位指名されプロ入り。2年目には111試合に出場し、打率.314、18盗塁でベストナインに選出。
○2000年 フル出場を果たし、打率.310、2度目のベストナイン、ゴールデングラブ賞受賞。
○2003年 自己最高の打率.333、53打点、3度目のゴールデングラブ賞
○2008年 開幕戦逆転サヨナラ本塁打(史上2人目)
○2011年 現役引退
【主な獲得タイトル】
ベストナイン:2回 (1998.2000)/ ゴールデングラブ賞:3回 (2000.2001.2003)
【そのほか】
オールスターゲーム出場:5回 (2000.2001.2006)
※2008年は怪我のため出場辞退