LEGEND HAWKS

  • #01 門田 博光
  • #02 藤原 満
  • #03 佐々木 誠
  • #04 柴原 洋

ホークスの今も昔も知る男、藤原 満氏が選ぶ夢のベストオーダー

藤原 満
14年間の現役生活を南海ホークス一筋で通した藤原 満氏。1968年ドラフト4位で近畿大学から入団し“すりこぎバット”と呼ばれた独特の太いバットで安打を量産。2度のシーズン最多安打を放つなど、主に1番打者として通算1,354試合で1,334安打をマークしました。さらにサードの守備や1976年に50盗塁を記録した俊足にも定評があったオールラウンドプレーヤー。闘志あふれるプレースタイルで人気も高く、4年間チームのキャプテンも務めました。その後は南海ホークス、福岡ダイエーホークスでコーチや二軍監督などを務め、現在は九州朝日放送の野球解説者として、現在のホークスを外から見守り続けています。
その藤原氏に、自身が現役時代だった1970年代の南海ホークスと、現在の2013年の福岡ソフトバンクホークスをコラボした夢の「レジェンドホークス」を選んでいただきました。
メンバーの名を記したボードを見た瞬間から笑みを浮かべた藤原氏。「(抑え投手の)佐藤道郎とか、久しぶりに名前を見たなー」と嬉しそうな表情を浮かべていました。
藤原 満
バッテリーは南海ホークスから、山内新一投手と野村 克也捕手。「1973年にリーグ優勝したときのエースと捕手や。山内はこの年に20勝するなど孤軍奮闘した右腕やった。シュートとスライダーが武器で、とにかく重宝がられたのがコントロールの良さ。野村さんはコントロールの良い投手をリードするのが上手かったんや。その代わり、球が速いけどコントロールのないタイプ、例えば江本(孟紀)辺りはダメやったね。キャッチングが上手くなかった。それだけは言うとく(笑)」
精密機械のようなコントロールと、当時の南海ホークスを支えた「シンキングベースボール」の頭脳。「サードから見てても鮮やかやったのは、2ボール1ストライクからでもウエストボール(ボールを外す)ができたこと。エンドランをかけていた走者をアウトにするんよ。駆け引きは上手やったね」。
また、抑え投手は千賀滉大投手。「今12球団で一番いい。三振を取れるのが魅力」と話しました。 そして、内野は現在と過去が上手くコラボレーションしました。「一塁はジョーンズやな。ホークスでもよく打った(1970年入団から4年連続30本塁打以上)が、その後近鉄でもホームラン王になった。引退後はメジャーのアトランタ・ブレーブスでコーチになった。びっくりしたね。そして、セカンドは本多やな。桜井(輝秀)もいい選手やったけど、スピードではかなわん」。
注目のサードは――「松田やね(あっさり)。わしか?話にならんよ(笑)。彼は思いっきりがいい。何も考えていないところもな(笑)。ショートは今宮やろうね。守備は、動きも肩も素晴らしい。あとは経験。それを積んでいけば、バッティングの方にも頭が回っていくやろ」。
外野手は大激戦区。レフトの内川聖一選手はすぐに決まりましたが、残る2つのポジションはずいぶん迷いました。「門田はDHやな。うーん、今の段階なら、このメンバーかもしれんな(別表参考)。ただ、広瀬さんはとにかく半端じゃなかった。もうあんな選手は出てこんかもしれないね。わしよりトシもだいぶ上で、(南海に)入った時は『テレビで見ていた人』やから、思わず『サインください』と言いたくなった(笑)。憧れでしたね。野村さんにしてもそう。試合前のシートノックは野村さんとキャッチボールをしていたんだが、緊張して暴投ばかり。『どこで野球やっとったんや!』と怒られていましたよ。しばらくすると、慣れてきて野村さんよりも強い球をバンバン投げたけどな(笑)」
夢のベストオーダー。現役時代の1973年、リーグ優勝を果たしたものの日本シリーズでは当時日本一8連覇中だった巨人に敗れましたが、「(このメンバーなら)勝てる、勝てる。十分勝てる」と太鼓判。さらに「良いチームやね。こんなチームで監督したら面白いやろうね」と惚れ惚れした表情を浮かべていました。

田尻 耕太郎(ホークスオフィシャルメディア)

OB選出選手

藤原 満|Fujiwara Mitsuru

【職歴・経歴】
○1946年 愛媛県生まれ。県立松山商業高校、近畿大学卒業。
○1968年 南海ホークスからドラフト4位指名されプロ入り。
○1975年 シーズン100安打以上をマーク(以後8年連続達成)
○1976年 打率.302、50盗塁を記録しベストナイン、ダイヤモンドグラブ賞を獲得。
○1982年 コーチ就任の要請を受け36才で現役引退。この年の記録は125試合出場122安打
【主な獲得タイトル】
最多安打(1976.1981)/ダイヤモンドクラブ賞(1976.1981)/オールスターゲームMVP(1981)/ベストナイン1回 他。
【そのほか】
オールスターゲーム出場:5回 (1975.1976.1978.1979.1981)

ホークス球団創立75周年記念

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